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2012年10月07日

何と銅鐸を24個も展示!紀伊風土記の丘秋季特別展12/2まで

皆さんは、「紀伊風土記の丘」に行ったことはありますか? 和歌山市の方ならよくご存じだと思いますが、ここは日本一密集した古墳群として日本史の教科書にも出てくる国の特別史跡「岩橋(いわせ)千塚古墳群」を中心とした考古・民俗資料を中心とした和歌山県立の博物館です。

この紀伊風土記の丘資料館で、9月29日(土)から12月2日(日)までの間、秋季特別展「紀伊弥生文化の至宝」という展覧会が開催されていて、銅鐸が多数展示されているという話を聞きました。歴史学科卒業の私としては一度行ってみたいと思い、お邪魔しました。


今日は、朝から秋晴れで、絶好のハイキング日和です。紀伊風土記の丘も結構たくさんの人がウォーキングを楽しんでいます。また、和歌山県文化振興財団主催の「わかふるコンサート」が、敷地内の旧柳川家住宅で開催されていましたので、そちらにもたくさんのお客さんが来ていて、とても賑やかでした。


特別展の開かれている紀伊風土記の丘資料館に入りました。銅鐸を中心にした弥生時代の展示ということで、あまり人はいないだろうと思って展示会場に入りましたが、結構たくさんの人が展示物を熱心に見ています。


そして、今回の展示の目玉である銅鐸が、大小ずらりと並ぶ様子には圧倒されます。


学芸員の萩野谷正宏さんに少しお話をお伺いしました。現在日本全国で発見されている銅鐸は全部で約500個で、そのうち和歌山県は41個で全国第4位の出土数なんだそうです。しかし、その多くは東京国立博物館や東京大学など各地で保管されているので、一堂に見ることはできないそうです。紀伊風土記の丘でも通常展示している銅鐸は4個だそうです。
ところが今回の特別展では、各地にある銅鐸を集めて、何と24個(一部はレプリカ)もいっぺんに見ることができます。ざくっと言えば、日本全国の銅鐸の約20分の1が集まっていることになります。今これだけの銅鐸が見られるのは、和歌山の紀伊風土記の丘しかありません!!

日本史の教科書でも習いましたが、初期の銅鐸は小さくて、鐘のように音を鳴らして使用されていましたが、やがてどんどん大型化した銅鐸は、モニュメントになっていったようです。特別展では、小さいものから順番に展示されています。

写真は私の家のすぐ近所で発見された「有本銅鐸」です。これは、昭和40年に紀ノ川の河川敷で遊んでいた中学生の兄弟が偶然に発見したものだそうです。こんな風に聞くと銅鐸がとても身近なものに思えますね。


こちらは和歌山市宇田森で出土したとされる「宇田森銅鐸」。東京国立博物館所蔵です。高さは58cmですので中型の銅鐸です。


こちらは今回展示されている和歌山県出土の銅鐸の中で最大の「鐘巻銅鐸」です。名前からおわかりの通り日高川町鐘巻で見つかり、道成寺が所蔵しているものです。高さは113cm。下部が欠損しているので復元すると120cmぐらいになるそうです。堂々とした姿です。
上部に3箇所あるミッキーマウスの耳のような飾りの間につっかえ棒がついているのが、和歌山から出土した銅鐸の特徴です。つっかえ棒つきの飾り耳は全国で8個見つかっていますが、そのうち4個は和歌山産なのだそうです。


銅鐸の部位の名称についてのパネル展示もありましたが、難しすぎて覚えられませんでした。まあ、私たちには「ミッキーマウスの耳」で十分かもしれませんね。


萩野谷学芸員のお話によれば、銅鐸の出土は、昔は畑を鍬で耕している時などに発見されたので、完全な形で出土していたのですが、最近はパワーショベルなどでの開墾中の発見が多いそうで、どうしてもばらばらになってしまうとのこと。また、知らずに壊されてしまっているのものなども多いかもしれないと仰っていました。また、土器や石器は集落跡の遺跡でまとまって発見されることが多いそうですが、銅鐸は集落と集落との境界など離れたところに置かれていたので、見つかることが本当に希なのだそうです。こちらは田辺市三栖谷で1996年に見つかった「後ロ谷銅鐸」です。


ここまで展示されている銅鐸を中心にご案内してもましたが、もちろん銅鐸だけではなく、土器や石器、銅戈などの弥生時代全般にわたる展示物があります。パネル展示と併せて見ると、この当時の和歌山が全国の中でも結構進んだ地域で、全国各地との交易も積極的に行っていたことなどが説明されています。このような中から、「岩橋千塚」を作った古墳時代へとつながっていったのでしょう。


1時間ほどでしたが、いにしえの弥生時代の和歌山に想いを馳せるひとときを過ごして、ちょっぴりうれしい気持ちになりました。素人の質問に丁寧に対応してくださった萩野谷さん、本当にありがとうございました。


和歌山県立紀伊風土記の丘秋季特別展「紀伊弥生文化の至宝」は、12月2日(日)までの開催です。
入場料は大人350円、大学生210円、高校生以下・65歳以上などは無料となっています。
皆さんも、ぜひ足を運んでみてください。24個の銅鐸が見られるだけでもすごいですよ!!

(文責:広報課 林 清仁)  
Posted by 広報ブログ編集長 at 17:52Comments(0)広報一般