2012年02月07日
新米課長日記(2012/2/7)
読み比べ
昨夜、新宮市神倉神社で、「奇祭」と称される「お燈祭り」が行われました。
実は、仁坂知事も日帰りで現場に行かれていました。(今回、上り子にはならなかったそうです。)
「雨は大丈夫だったのかなぁ」と思いつつ、今朝、自宅で朝日新聞を開くと、社会面に「火のない火祭り」の見出し発見。
「雨の中、ほとんど火のつかないたいまつを持って下りる上り子たち」のキャプションがついた火の気が少ない寂しい写真と「開始直前に雨が激しくなり、たいまつに火がつかず、異例の『火のない火祭り』となった」との記事。
この記事を読んでの感想は、当然のことながら「せっかくのお祭りが雨にたたられて残念だなぁ」でした。
ところが、出勤して他紙を見比べてみると意外な発見が。
毎日新聞、産経新聞とも1面で、赤々と燃えるたいまつの列をスローシャッターで追ったきれいな写真が載っているではありませんか。
さすがに、本文や写真キャプションでは「雨が強く降る中、たいまつの炎が駆け下りる『お灯まつり』」(毎日新聞)、「あいにくの雨のなか、白装束の男らが持つたいまつは例年の半分程度。それでも石段を一気に駆け下りる姿は圧巻で、炎が夜空を赤く染め上げた。」(産経新聞)と雨にはふれていましたが、写真の迫力で読者にはいつも通りの火祭りが脳裏に浮かびます。
読売新聞は社会面で「復興祈り 炎の疾走」の見出しに、炎の立った写真と「激しい雨で消えてしまう松明もあったが、午後8時、鳥居に付けられた門が開くと、登り子が一斉に飛び出した。」の記事。
消えたたいまつがあることは書かれています。
日経新聞社会面「窓」では、雨の記述は全くありません。
今回の記事は、各紙の主義主張とは全く関係のない、イベント紹介ですが、記事や写真によって読者の受ける感じが変わるものなんだと、あらためて認識しました。
読み比べって大事ですね。
それにしても、全国紙全てにとりあげられる「お燈祭り」の情報発信力、恐るべし!
昨夜、新宮市神倉神社で、「奇祭」と称される「お燈祭り」が行われました。
実は、仁坂知事も日帰りで現場に行かれていました。(今回、上り子にはならなかったそうです。)
「雨は大丈夫だったのかなぁ」と思いつつ、今朝、自宅で朝日新聞を開くと、社会面に「火のない火祭り」の見出し発見。
「雨の中、ほとんど火のつかないたいまつを持って下りる上り子たち」のキャプションがついた火の気が少ない寂しい写真と「開始直前に雨が激しくなり、たいまつに火がつかず、異例の『火のない火祭り』となった」との記事。
この記事を読んでの感想は、当然のことながら「せっかくのお祭りが雨にたたられて残念だなぁ」でした。
ところが、出勤して他紙を見比べてみると意外な発見が。
毎日新聞、産経新聞とも1面で、赤々と燃えるたいまつの列をスローシャッターで追ったきれいな写真が載っているではありませんか。
さすがに、本文や写真キャプションでは「雨が強く降る中、たいまつの炎が駆け下りる『お灯まつり』」(毎日新聞)、「あいにくの雨のなか、白装束の男らが持つたいまつは例年の半分程度。それでも石段を一気に駆け下りる姿は圧巻で、炎が夜空を赤く染め上げた。」(産経新聞)と雨にはふれていましたが、写真の迫力で読者にはいつも通りの火祭りが脳裏に浮かびます。
読売新聞は社会面で「復興祈り 炎の疾走」の見出しに、炎の立った写真と「激しい雨で消えてしまう松明もあったが、午後8時、鳥居に付けられた門が開くと、登り子が一斉に飛び出した。」の記事。
消えたたいまつがあることは書かれています。
日経新聞社会面「窓」では、雨の記述は全くありません。
今回の記事は、各紙の主義主張とは全く関係のない、イベント紹介ですが、記事や写真によって読者の受ける感じが変わるものなんだと、あらためて認識しました。
読み比べって大事ですね。
それにしても、全国紙全てにとりあげられる「お燈祭り」の情報発信力、恐るべし!
Posted by 新米課長 at 17:28│Comments(0)
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