2014年03月29日
東京の紀州散策(24)吉宗ゆかりの桜の名所(1)【御殿山】品川区
東京では3月25日午後に桜の開花宣言が出されて、その後も温かい日が続いています。今日(3/29)も昨日に引き続き晴天に恵まれたので、都内の桜も一気につぼみを広げています。
そんな陽気に誘われて、私も今朝から1日かけて、東京の桜の名所を巡ってきました。実は東京の桜の名所には徳川吉宗ゆかりの場所が結構あるのです。
吉宗と桜にどんな関係があるのか、と思われるでしょうが、実は江戸の各地に桜を植えさせ、お花見を奨励したのは吉宗なのです。
その理由はいくつかあるようです。一つには桜を植えることにより江戸の華といわれた火事の延焼を防ごうとしたこと、もう一つは元禄バブル経済の崩壊により疲弊した人々の心を桜の花で癒やそうとしたことなどです。
吉宗が「桜」にこだわったもう一つの理由は、ふるさと紀州にある桜の名所長保寺で、桜に親しんで育ったことなのだそうです。長保寺といえば、海南市下津町にあり、紀州徳川家の菩提寺として知られています。境内には400本の桜が植えられ、国宝の大門から境内へと続く参道は、桜の花のトンネルとなることで知られています。今年も4/5(土)に「長保寺さくらまつり」が開催されます。

(写真は、長保寺さくらまつり実行委員会facebookページより転載。)
吉宗は、この寺の桜を偲び、江戸のあちこちに桜を植えさせたのだそうです。その代表的な場所が、隅田川の桜堤(墨田区向島)、飛鳥山(北区王子)、御殿山(品川区北品川)の3か所です。そこで、私はまず午前中に、宿舎に一番近い品川区の「御殿山」に行ってきました。
御殿山は地番でいえば品川区北品川3丁目から4丁目にかけての場所で、高輪台地のいちばん南端に当たります。
地名の由来は江戸時代初期に徳川家康が建立したと伝えられる「品川御殿」があったことによるそうです。この品川御殿は元禄15年(1702年)に焼失しました。桜は寛文年間(1661-1673年)から奈良の吉野山から移植されたのが最初ですが、庶民の花見の場所として整備したのは、八代将軍吉宗で、さらに植樹を行い、江戸の桜の名所として知られるようになったそうです。葛飾北斎の「富嶽三十六景」にも、「東海道品川御殿山ノ不二(とうかいどうしながわごてんやまのふじ)」があります。

(写真は、品川区ホームページ「東海道品川宿のはなし 第7回」より転載。)
ところが、御殿山は、江戸末期にお台場建設のための土砂採取場となり、さらに明治に入ると鉄道建設により東西に分断されてしまいました。
そのため、現在は広い公園のような場所はなくて、閑静な高級住宅地となっています。御殿山のランドマークは森トラストグループが手がける御殿山トラストシティです。こちらの写真は、御殿山トラストシティ南側の御殿山庭園から、東京マリオットホテルを眺めた写真です。このあたりの桜は3~5分咲きといったところでした。

御殿山の中央をL字型に通る通称御殿山通り沿いには、桜が数多く植えられています。こちらは、先ほどご紹介した御殿山庭園の南側の桜の古木並木。「保存樹」という看板が掲げられていました。

写真左手がミャンマー連邦大使館。庭から御殿山通りの方へと桜の枝が張りだしていて、桜のトンネルになっています。

こちらは神戸製鋼東京本社ビルを眺めた写真。東京の桜ですね。

こちらは、鉄道に切り取られた東側にある権現山公園です。まだ3分咲きといった感じで、花見客もいませんでした。


御殿山の桜、いかがでしたか? 桜の名所だった江戸時代と比べると、何とも寂しい限りですが、これも時代の流れなのでしょうね。それでも権現山通り沿いは桜街道ですので、少しは雰囲気は味わえると思います。ウェザーマップ提供の「さくら開花予想2014」よれば東京の満開予想日は3/31(月)のことですので、見頃は来週いっぱいでしょう。
このあと午後に、私は残る隅田川の桜堤(墨田区向島)と飛鳥山(北区王子)に出かけましたが、こちらのレポートは後ほどお届けします。
(文責:東京事務所 林 清仁)
そんな陽気に誘われて、私も今朝から1日かけて、東京の桜の名所を巡ってきました。実は東京の桜の名所には徳川吉宗ゆかりの場所が結構あるのです。
吉宗と桜にどんな関係があるのか、と思われるでしょうが、実は江戸の各地に桜を植えさせ、お花見を奨励したのは吉宗なのです。
その理由はいくつかあるようです。一つには桜を植えることにより江戸の華といわれた火事の延焼を防ごうとしたこと、もう一つは元禄バブル経済の崩壊により疲弊した人々の心を桜の花で癒やそうとしたことなどです。
吉宗が「桜」にこだわったもう一つの理由は、ふるさと紀州にある桜の名所長保寺で、桜に親しんで育ったことなのだそうです。長保寺といえば、海南市下津町にあり、紀州徳川家の菩提寺として知られています。境内には400本の桜が植えられ、国宝の大門から境内へと続く参道は、桜の花のトンネルとなることで知られています。今年も4/5(土)に「長保寺さくらまつり」が開催されます。

(写真は、長保寺さくらまつり実行委員会facebookページより転載。)
吉宗は、この寺の桜を偲び、江戸のあちこちに桜を植えさせたのだそうです。その代表的な場所が、隅田川の桜堤(墨田区向島)、飛鳥山(北区王子)、御殿山(品川区北品川)の3か所です。そこで、私はまず午前中に、宿舎に一番近い品川区の「御殿山」に行ってきました。
御殿山は地番でいえば品川区北品川3丁目から4丁目にかけての場所で、高輪台地のいちばん南端に当たります。
地名の由来は江戸時代初期に徳川家康が建立したと伝えられる「品川御殿」があったことによるそうです。この品川御殿は元禄15年(1702年)に焼失しました。桜は寛文年間(1661-1673年)から奈良の吉野山から移植されたのが最初ですが、庶民の花見の場所として整備したのは、八代将軍吉宗で、さらに植樹を行い、江戸の桜の名所として知られるようになったそうです。葛飾北斎の「富嶽三十六景」にも、「東海道品川御殿山ノ不二(とうかいどうしながわごてんやまのふじ)」があります。

(写真は、品川区ホームページ「東海道品川宿のはなし 第7回」より転載。)
ところが、御殿山は、江戸末期にお台場建設のための土砂採取場となり、さらに明治に入ると鉄道建設により東西に分断されてしまいました。
そのため、現在は広い公園のような場所はなくて、閑静な高級住宅地となっています。御殿山のランドマークは森トラストグループが手がける御殿山トラストシティです。こちらの写真は、御殿山トラストシティ南側の御殿山庭園から、東京マリオットホテルを眺めた写真です。このあたりの桜は3~5分咲きといったところでした。

御殿山の中央をL字型に通る通称御殿山通り沿いには、桜が数多く植えられています。こちらは、先ほどご紹介した御殿山庭園の南側の桜の古木並木。「保存樹」という看板が掲げられていました。

写真左手がミャンマー連邦大使館。庭から御殿山通りの方へと桜の枝が張りだしていて、桜のトンネルになっています。

こちらは神戸製鋼東京本社ビルを眺めた写真。東京の桜ですね。

こちらは、鉄道に切り取られた東側にある権現山公園です。まだ3分咲きといった感じで、花見客もいませんでした。


御殿山の桜、いかがでしたか? 桜の名所だった江戸時代と比べると、何とも寂しい限りですが、これも時代の流れなのでしょうね。それでも権現山通り沿いは桜街道ですので、少しは雰囲気は味わえると思います。ウェザーマップ提供の「さくら開花予想2014」よれば東京の満開予想日は3/31(月)のことですので、見頃は来週いっぱいでしょう。
このあと午後に、私は残る隅田川の桜堤(墨田区向島)と飛鳥山(北区王子)に出かけましたが、こちらのレポートは後ほどお届けします。
(文責:東京事務所 林 清仁)
Posted by 東京通信員 at 21:22│Comments(0)
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