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2013年06月24日

和歌山県防災航空隊です。

和歌山県防災航空隊長の藤原賢治と申します。
昨年度に引き続き、このブログを通して当航空隊の活動や取り組みなどをわかりやすくお伝えさせていただきたいと考えています。
どうか末永くお付き合いいただきますよう、お願い申し上げます。






当航空隊員の派遣任期は3年間で、4月から新たに3名の隊員が加入し、県民の生命・身体・財産を空から守るべく、迅速・的確に任務を遂行できるよう、日々訓練を実施しています。
現航空隊員は、次の県内各消防本部から派遣されています。

伊都消防組合消防本部1名
那賀消防組合消防本部1名
和歌山市消防局3名
有田市消防本部1名
田辺市消防本部2名
白浜町消防本部1名
那智勝浦町消防本部1名

皆さんのお住まいの地域からも派遣されていることと思います。




【南紀白浜空港で訓練を行う当航空隊員(黄服)と南和歌山医療センター医師(赤服)】



過去のブログでお話しさせていただいたように、防災ヘリコプター「きしゅう」には、救助・救急資機材や空中消火の装置等が備えられていて、救助活動、救急患者の搬送及び山林火災の消火などに対応しています。
以前に発生した緊急運航事案で、当航空隊が特異な救助活動を経験しましたので、お話しさせていただきます。

事故概要は、男性1名が地上から約15mの高さにある索道 (空中に張り渡したワイヤーロープに搬器を吊るし、資材などを運搬する設備) 上でゴンドラに乗ったまま身動きがとれなくなったもので、先着の地上消防隊と協力し、「きしゅう」は索道から約20mの高さでホバリング (空中停止) を維持した状態で、ホイスト装置により航空隊員1名が降下後、要救助者を確保、救出した救助活動事例でありました。
現場の状況は、索道は古く錆が付着しゴンドラにも腐食があり、1つの滑車のみで架かっているという不安定かつ危険な状況でありました。
仮に地上消防隊のみの活動では、索道伝いに要救助者に接触又は索道にロープをかけるなどの作業が予想されますが、長時間を要するだけでなく、索道を揺らすことでゴンドラの落下危険が高くなります。
一方で当航空隊のみの活動の場合、ヘリコプターのダウンウォッシュ (ローターからの吹き降ろしの風) の影響や航空隊員が要救助者に接触する際の落下危険が考えられます。
今回は、地上消防隊が要救助者への接触を最小限にとどめ、ロープによる事前の落下防止措置を講じた上で救助器具を装着、当航空隊は地上消防隊の活動を担保に上空から救助活動を実施、地上隊と航空隊の双方が緊密に連携を図った結果、安全・確実に救出することができた大変良い活動事例でありました。

今後も機会があれば、可能な範囲で緊急運航に関する内容について、お話しさせていただきたいと思います。
当航空隊レポートにお付き合いいただき、ありがとうございました。





【落下危険のあるゴンドラに乗った要救助者を当航空隊員(黄服)が救出している様子】





(文責:和歌山県防災航空センター 藤原 賢治)
  
Posted by 和歌山県防災航空センター 藤原 賢治 at 09:14Comments(0)防災航空隊レポート

2013年06月24日

和歌山県出身者が支えたオーストラリアの真珠貝産業

明治初期以降、たくさんの日本人がオーストラリア大陸に渡りました。明治34年(1901年)にオーストラリア連邦が成立した年にはすでに約3600人の日本人が住んでいたと言われており、その大半が真珠貝産業やサトウキビ産業に従事していた契約労働者でした。

当時のオーストラリア大陸北部の発展を支えた真珠貝産業は主に木曜島、ブルーム、ダーウィンの3つの町で盛んでした。明治以降、和歌山県からは北・中南米大陸への移民がたくさん出ていることがよく知られていますが、オーストラリア大陸北部にも大勢の人々が成功を夢見て渡りました。


真珠貝産業に従事するダイバーの大半が和歌山県南部の農漁村出身の若者でした。司馬遼太郎さんの「木曜島の夜会」の舞台である木曜島や、太地町との姉妹交流で知られるブルームに和歌山県からたくさんの人々が渡ったことはご存じの方も多いと思いますが、北部準州の州都ダーウィンでも多くの和歌山県出身者が真珠貝採取の仕事に就いていました。


(ダーウィン市内から海を臨む)


ダーウィンを訪問した際に、日本人墓地があると聞いて現地の方に案内していただきました。市内の外れにある共同墓地の一画にコンクリートで作られた日本式のお墓が20基ほどまとまってありました。ここにあるお墓の多くは昭和初期に建てられており、雨風による劣化で文字が読み難くなっているものもありましたが、少なくともうち15基は和歌山県出身者のものであることが確認できました。


(共同墓地の一画にある日本人墓地)


(お墓には西牟婁郡や東牟婁郡という文字が多く見られる。)

木曜島やブルームにある日本人墓地と比べるとずっと小規模で、現地に住む日本人の間でもあまり知られていない墓地ですが、現地に長年住まわれている日本人の方がきちんとお世話してくださっています。


ダーウィン博物館には当時の潜水服や採取された真珠貝が展示されています。鉄でできた「釜」のようなヘルメットを被って、船上の手動ポンプからホースを通って送られてくる空気と首に巻かれた命綱とを頼りに時には50m以上も潜り、見通しが悪くて流れもある海底で真珠貝を採取する仕事は危険で、毎年ダイバーの約10パーセントが潜水中の事故で命を亡くしたと言われています。

ダーウィンで亡くなった方の詳しい数はわかりませんが、木曜島では561人、ブルームでは977人の日本人ダイバーが昭和16年(1941年)までに亡くなったそうで、命は助かったものの潜水病の後遺症で長い間苦しんだ方々も多くいます。その仕事の過酷さは「木曜島の夜会」で詳しく述べられているところです。


(ダーウィン博物館に展示されている鉄製ヘルメットと真珠貝)



なお、当時は真珠貝から真珠を採っていたのではなく、貝殻をくり貫いて「高級ボタン」として利用していました。


和歌山県出身者が支えたオーストラリアの真珠貝産業は、第二次世界大戦の勃発による日本人労働者の流出やプラスチック製品の普及などによって戦後は衰退しましたが、オーストラリア北部の町が発展するきっかけになったことは間違いありません。ダーウィンには今も日本人墓地を管理してくださっている方や、日豪の歴史的関係を両国民が忘れないように活動されている北部準州豪日協会の方々がいらっしゃいます。皆さんももしオーストラリアに来られる機会があれば少し回り道をして現地を訪れてみてはいかがでしょうか?

(文責:在シドニー日本国総領事館 山田啓之)
  
Posted by シドニーやま at 00:51Comments(2)広報一般