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2011年07月30日

ブログのタイトルバックの画像は何?

ブログ編集長です。

昨日から、ブログのタイトルバックの画像が変わっているのにお気づきの方もいるかと思います。

実は、ブログを始めた時から、タイトルバックの画像は、県広報課で作成している総合情報誌「和(なごみ)」最新号の表紙画像にしようと決めていたのです。

昨日の「新米課長日記」で紹介しているとおり、このたび「和(なごみ)」第15号が無事発行になったので、その表紙画像に変えたというわけです。


でも、この画像は何なんだ?と思われる方も多いと思います。

実は、和歌山が生んだ偉大な博物学者、南方熊楠が書いた、いわゆる「南方マンダラ」なのです。

偉そうなことを書いていますが、私も詳しくは知りません。2010年に発行した「和(なごみ)」第11号には、このように書かれています。

「南方マンダラ」は熊楠が36歳の時、後に高野山真言宗管長となる土宜法竜(どぎほうりゅう)宛の書簡に描いた独自の曼陀羅。様々に入り混じった熊楠の宇宙的思想の根源をなすモデルとされるが、定説はなく、その思想を知るための鍵とされている。

南方熊楠資料研究会のホームページには、「いわゆる「南方マンダラ図」」という記載があるので、そちらも参考にしてください。

我々凡人にはよくわかりませんが、熊楠の頭の中の思考をまとめたものなのでしょう。

タイトルバックの画像はそのうちのごく一部の拡大版なのですが、タイトル文字と重なっても読めるように少しぼかしを入れて加工しています。
次の「和(なごみ)」第16号がでるまで、しばらくこの画像で行きたいと思います。

なお、前のタイトルバック画像をもう一度見たいという方は、下のサムネイルをクリックしてください。(そんな人はいないか…)
  

Posted by 広報ブログ編集長 at 21:57Comments(2)人物

2011年07月30日

陸奥宗光銅像と生誕地石碑!

ブログ編集長です。

7月21日のブログ「今週の和歌山県関連テレビ番組の追加情報!」で紹介しましたが、BS12 TwellVの「TAKARAZUKA日本史探訪」陸奥宗光前編を見ました。
2009年に制作された番組の再放送だったのですが、宙組の七帆ひかるさん(現在は退団)が、東京大学の御厨(みくりや)教授に、陸奥宗光の生涯について聞くというものでした。

陸奥宗光は父・宗広が紀州藩の勘定奉行で、藩の財政改革に腕をふるったのですが、宗光8歳の時に失脚したそうです。
そういえば、和歌山市内には陸奥宗光にちなんだ銅像なんかがあったはずと思いだして、和歌山市内をぐるぐると回ってみました。

まずは、和歌山城の南側、岡公園の駐車場奥にある陸奥宗光の銅像です。


銅像の下には、宗光の業績が書かれていました。(画像クリックで、拡大表示されます。)

勝海舟の海軍塾、坂本龍馬の海援隊を経て、明治政府の外務大臣として、治外法権の撤廃、日清戦争後の下関条約と、日本史の教科書そのものの生涯が書かれています。

次に向かったのが、小松原5丁目交差点の北東角にある陸奥宗光生誕の地の碑文です。


このあたりは、昔は武家屋敷が続いていたそうです。今はこの石碑以外には当時を偲ぶものはありません。


すこし時間があったので、幕末から明治にかけてのつながりで、和歌山市内のその他の石碑も巡ってみました。

こちらは「勝海舟寓居地」の碑文。南海和歌山市駅から歩いて5分程度のところにあります。


文久3年(1863)に海舟が数日間滞在したそうで、その時、坂本龍馬も海舟に会いに和歌山を訪れているようです。

すぐそばにある「南方熊楠生誕の地」。こちらは、最近建てられたようできれいです。


この碑の東側、市堀川の向こう岸には、南方熊楠の父弥兵衛が創業した酒造場「世界一統」があります。「熊楠」というお酒もあります(とても美味しいですよ)。

こんな風に、いろいろな史跡のある和歌山市。皆さんも、幕末から維新の時代に想いを馳せて、和歌山市内を散策してはいかがでしょうか。
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Posted by 広報ブログ編集長 at 18:56Comments(0)人物